河川環境保全と農業についての先進事例に関する調査研究

An Investigation on Pioneering Case Studies with Respect toEnvironmental Conservation in Rivers and Agriculture
堀内 一男
Kazuo HORIUCHI
酪農学園大学酪農学部酪農学科教授
要旨
 2000年2月28日の有力経済新聞の記事に、「ルーマニアからの猛毒汚染が川に~中・東欧で深刻な環境汚染」という記事があった。この事故は、1月30日にルーマニア北西部のバヤマールにある精錬会社アウルルで、貯水池の堤防が決壊して汚染水が近くの川にあふれ出したものである。そして、数日後には、ハンガリー東部を北から南に縦断するティサ川に汚染水が流れ込み、流域の町を次々にパニックに陥れた。川の下流になる隣国のハンガリー中部のリルノク市では、事故発生から10日目の2月8日午後、ティサ川の水面に魚の死体200tが浮かび流れてきた。これは、生物の呼吸機能を阻害するシアン化合物を摂取し、呼吸困難で死んだ魚の群れであり、その後も2度にわたって漂着した。
 川の水を飲料水に利用する市当局は、直ちに取水を止め、市民に節水を呼びかけた。その結果、市民への直接の被害は食い止められた。汚染水は滞留することなく下流に流れ、その通過後に毒性が残ることはないとされている。しかし、それでも汚染事故が残した傷は大きかった。
 例えば、同市周辺では、約200家族が同川での漁を主な収入源としており、収入の8~9割を失ったと推定されている。死んだ魚は、合計300tを超え、さらに川底に700tの魚の死体があるとの予測もある。被害は、漁業だけではなく、希少生物が汚染で絶滅した種もあると自然保護団体が懸念している。
 このように、河川の環境汚染は、ヨーロッパや中・東欧のように国と国が続いている地域で起こるとその影響は各方面に大きな被害をもたらすのである。これに対して日本では、細長い島国であるため河川の汚染事故が近隣国に被害を及ぼす深刻な事例はこれまでに発生していなく、国内の問題として処理されている。さらに飲用水源は、日本の場合その多くがダムから引水するものであり、これに対してヨーロッパの多くの国々の飲用水源が地下水に依存するというように河川の社会的意義が異なっている。
 ここでは、河川の社会的意義について整理した上で、農業の環境保全が最も進んでいるドイツとデンマークの事例について取りまとめることにする。